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岡山地方裁判所 平成6年(ワ)138号 判決 1997年5月27日

岡山県高梁市<以下省略>

原告

X信用金庫

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

菊池捷男

安田寛

浅野律子

東京都中央区<以下省略>

被告

三晃商事株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

吉井文夫

主文

被告は、原告に対し、金六一九一万四二四〇円及びこれに対する平成六年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、金一億二三八二万八四八〇円及びこれに対する平成六年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、信用金庫法に基づいて設立された信用金庫であり、平成七年一〇月一六日a信用金庫を合併した。

Cは、昭和三四年四月a信用金庫に雇用され、昭和六一年七月本店営業部の部長代理に、平成三年七月一六日中央支店次長に任命され、同年一二月三〇日業務上横領行為を理由に懲戒解雇された。

被告は、神戸穀物商品取引所(平成五年一〇月一日合併により関西農産商品取引所となる)の商品取引員であった。

2  取引

Cと被告は、平成元年一一月二二日、当時被告が商品取引員であった神戸穀物商品取引所の商品市場における売買取引について、Cを委託者、被告を受託者とする商品取引委託契約を締結した。これにより、被告は、Cのため、別紙「取引一覧表」のとおり、平成元年一一月二二日から平成三年一二月一〇日までの間、輸入大豆について六三回にわたる先物取引をし、別紙「入出金一覧表」のとおり、Cから、委託証拠金等名下に合計一億五九〇三万八三九五円の支払を受けたが、手仕舞の結果、Cには一億二三八二万八四八〇円の取引損金が生じ、被告が得た委託手数料は五二八二万六四〇〇円であった(以下「本件先物取引」という)。

3  被告のa信用金庫に対する不法行為

Cは、勤務先のa信用金庫から多額の金銭を業務上横領し、右横領金のうちから一億五九〇三万八三九五円を本件先物取引に注ぎ込んでいたが、被告は、これを知りながら、大金を取り込み、手仕舞の結果、Cに一億二三八二万八四八〇円の取引損金を生じさせ、同信用金庫に対し、同額の損害を与えた。

仮に被告がCの業務上横領の事実を知らなかったとしても、Cが右信用金庫の融資担当の責任者で大金を扱う立場にあり、一従業員としては不相応に多額の金銭を本件先物取引に注ぎ込んでいる状況から、容易に業務上横領の事実を知り得たはずであるのに、敢えてこれを放置した。

したがって、被告は、a信用金庫に対し、本件先物取引について、故意又は過失に基づく不法行為により一億二三八二万八四八〇円の損害賠償責任を負うものというべきである。

4  債権者代位

① a信用金庫のCに対する債権

Cは、勤務先であるa信用金庫から多額の金銭を業務上横領し、右横領金のうちから一億五九〇三万八三九五円を本件先物取引に注ぎ込み、自ら一億二三八二万八四八〇円の取引損金を被り、これを同信用金庫に賠償しない。

したがって、a信用金庫は、Cに対し、一億二三八二万八四八〇円の損害賠償債権を取得した。

② Cの被告に対する債権

a 違法行為

被告は、本件先物取引において、Cに対し、次のとおり違法行為を行った。

すなわち、被告は、その外務員らをして、当時全国の商品取引所が定めていた商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(以下「旧取引所指示事項」という)等に反し、信用金庫の公金出納取扱者を対象に無差別に電話で新規委託者の勧誘を行い、先物取引の経験のないCに対し、取引の仕組みや危険性、委託証拠金の趣旨等を一切説明せず、言うとおりにすれば必ず儲かるなどと称して、違法に取引に勧誘し、当初の三ヶ月間に新規委託者としての建玉制限枚数二〇枚を大幅に超えて合計六九五枚もの違法な建玉をさせ、Cの無知に乗じて、殆どの取引について両建をさせ、意味もなく取引を反復させ、損得勘定を混乱麻痺させ、委託手数料のみを収奪し、当時の神戸穀物商品取引所における市場占有率の大きさ(四、五割)を利用し、露骨な自己玉による向い玉を立て、価格操作をし、利益相反行為を繰り返すなどした上、途中から取引についてCの一任を取り、あるいは無断で取引をしたあげく、Cが平成三年七月一六日a信用金庫の人事異動により自己の業務上横領の発覚を恐れてすべての建玉の手仕舞を要求したのにこれを拒否し、更に無断で新たな建玉をするなどして、Cに損害を与え続けた。

b 損害額

本件先物取引により、Cに一億二三八二万八四八〇円の取引損金が生じたから、Cの損害額は同額を下らない。

c 無資力

Cは資産もなく、無資力である。

5  承継

原告は、平成七年一〇月一六日a信用金庫を合併したことにより、同信用金庫の被告及びCに対する損害賠償債権を承継した。

6  結論

よって、原告は、被告に対し、主位的に民法七〇九条、四四条又は同法七一五条に基づく不法行為による損害賠償として、予備的に民法四二三条に基づく債権者代位権の行使として、一億二三八二万八四八〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年三月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2はいずれも認める。

請求原因3のうち、Cが勤務先のa信用金庫から多額の金銭を業務上横領し、右横領金のうちから一億五九〇三万八三九五円を本件先物取引に注ぎ込んでいたことは認め、その余は争う。被告がCの業務上横領行為を知っていた事実はない。また、勤務先のa信用金庫ですら知らなかったのであるから、被告が知り得たはずもない。

請求原因4①前段は認め、後段は争う。

請求原因4②aは争う。被告のCに対する違法行為は何ら存在しない。旧取引所指示事項等は業界の内部規律にすぎず、しかも、平成元年一一月二七日廃止されており、仮にこれに抵触したとしても直ちに違法となるものではない。被告の外務員は、無差別勧誘をしたことはなく、Cに対する先物取引についての説明を尽くしている。当初の建玉制限枚数超過の建玉は、Cの要請によるものであり、何ら違法なものではない。両建、自己玉、向い玉は禁止事項ではなく、被告は、業界の自主規制の自己玉制限内(一限月当たり総建玉の一〇パーセント又は一〇〇枚以内)の売買を遵守しており、価格操作は不可能であり、被告がCに対して利益相反行為をしたことはない。一任売買や無断取引の事実はなく、手仕舞を拒否したこともない。

請求原因4②bのうち、本件先物取引により、Cに一億二三八二万八四八〇円の取引損金が生じたことは認めるが、その余は争う。

請求原因4②cは争う。

請求原因5のうち、原告が平成七年一〇月一六日a信用金庫を合併したことは認め、その余は争う。

三  抗弁(免責又は損害額の減額事由等)

a信用金庫は、その職員管理体制の欠陥から、Cが多額の業務上横領行為を働いていたにもかかわらず、これを見過ごしていた責任がある。その上、Cの人事異動を実施した平成三年七月一六日の直後にCの不正行為を知り、同年九月一七日の理事会においてその報告をし、本件先物取引の存在を知り、同年九月にCの上司であるD常務(同常務はCに同調し協力していた疑いがある)を被告神戸支店に来店させたのに、取引の中止を求めず、Cに同年一二月一〇日まで取引を継続させ、Cの損失を拡大するがままに放置したものであるから、a信用金庫の被害は、自らの職員管理体制の不備や事後処理の遅滞等によるものであり、自ら責任を負うべきものである。したがって、原告の被告に対する本訴請求は信義則に反する。

Cは、a信用金庫の職員でありながら、多額の金銭を業務上横領し、これを安易に本件先物取引に注ぎ込み、その事実を被告に秘していたものであるから、取引による損失については自ら責任を負うべきものである。

四  抗弁に対する認否

いずれも争う。

第三証拠

本件記録中の証拠に関する目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者

請求原因1は当事者間に争いがない。

二  取引

請求原因2は当事者間に争いがない。

三  被告のa信用金庫に対する不法行為

請求原因3のうち、Cが勤務先のa信用金庫から多額の金銭を業務上横領し、右横領金のうちから一億五九〇三万八三九五円を本件先物取引に注ぎ込んでいたことは、当事者間に争いがない。

原告は、被告がCの業務上横領を知りながら大金を取り込んでいた旨主張し、仮にこれを知らなかったとしても、Cがa信用金庫の融資担当の責任者で大金を扱う立場にあり、一従業員としては不相応に多額の金銭を本件先物取引に注ぎ込んでいる状況から、容易に業務上横領の事実を知り得たはずである旨主張するが、そこまでの事実を認めるには未だ証拠が足りない。

四  債権者代位

1  a信用金庫のCに対する債権

請求原因4①前段は当事者間に争いがない。

右事実によれば、a信用金庫は、Cに対し、少なくとも一億二三八二万八四八〇円の損害賠償債権を取得したものというべきである。

2  Cの被告に対する債権

①  経緯

甲第一乃至第三号証、第六、第七、第九号証、乙第一乃至第一六号証、第二九乃至第四七号証、第五一、第五六乃至第五八号証、第六四、第六五号証、第八〇号証、第八八乃至第九〇号証、第一〇〇号証、第一〇三乃至第一〇六号証及び証人C、同E、同Fの各証言、調査嘱託の結果(関西農産商品取引所宛二回分)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

Cは、昭和三四年三月高等学校を卒業し、同年四月a信用金庫に雇用され、昭和五七年七月本店営業部の代理業務係長に任ぜられ、昭和六一年七月同部の部長代理に任ぜられ、国民金融公庫、中小企業金融公庫及び全国信用金庫連合会の各代理業務等を主管業務として取り扱い、公金出納取扱者としていわゆる「みなし公務員」の立場にあった。右代理業務は、資金の貸付、貸付金債権の管理・回収等を国民金融公庫等に代わり、代理店であるa信用金庫が一括して行うものであったが、Cは、右代理業務の経験が長く、これに精通していたことから、全面的に任されていたのをよいことに、昭和五八年頃以降、各公庫等の資金の消化や融資条件に該当しない取引業者に対する不正融資を目的として、各公庫等に不正の融資申込を行って貸付資金を騙取し、いわゆる「浮貸し」をしていたところ、これによる債権が焦げ付き、平成元年末頃には、国民金融公庫からの融資金だけでも約一億円が返済不能となり、いずれ発覚するしかない状況となっていた。

被告は、本件先物取引当時、神戸穀物商品取引所に属する商品取引員であり、その規模は、同商品取引所の全会員六〇数名の取組高(未決済の建玉数)合計に対する被告の取組高が平均四、五〇パーセントに達する程度であった。

被告神戸支店の外務員であるEは、平成元年当時先物取引の新規委託者の勧誘を担当し、全国信用金庫名鑑等の名簿により勧誘対象者を物色し、電話で勧誘するなどしていたが、同年一一月一〇日頃右名鑑によりa信用金庫の本店営業部の部長代理であるCを選び出し、同信用金庫に数回にわたって電話をかけ、神戸輸入大豆の商品先物取引の勧誘を行い、面会を申し入れた。Cは、当初これを断っていたが、やがて興味を持つようになり、同月二〇日電話で翌日面会に応ずる旨返答した。同月二一日、Eは、同信用金庫の本店営業部にCを訪ね、Cに対し、約一時間程度、「商品取引ガイド」、「商品取引委託のしおり」等のパンフレットを示して商品先物取引の基本的内容や危険性、委託証拠金等について一応の説明をし、右パンフレット類を渡し、「大豆とか小豆は、相場が上向き傾向にある。取引の方法等については指導する。儲かる可能性が高い。」などと言って、強く先物取引を勧めた。

Cは、それまで商品先物取引はもちろん、株式の現物取引や信用取引の経験もなかったが、Eの説明を聞いて、先物取引で儲ければ、前記浮貸しによる損失が表沙汰になる前に、これを穴埋めすることができるかもしれないなどと考え、Eも勧める以上は責任を持って悪いようにはしないだろうとの判断から、Eの勧誘に応ずることとしたが、損をしたくないから委託追証拠金の必要がないような取引にしてくれなどとも申し入れた。

EがCを先物取引に勧誘した当時、旧取引所指示事項(平成元年一一月二七日廃止)には「新規委託者の開拓を目的として、面識のない不特定多数者に対して無差別に電話による勧誘を行うこと」を禁止し、「信用金庫等及び公共団体等の公金出納取扱者に対する勧誘を行うこと」を原則的に禁止する(本人から取引をしたい旨の理由を明記した申出書があり、総括責任者が正当な理由があるものと認定した場合はこの限りでないとする)旨の規定がなされており、Eもその旨の知識はあったが、Cに対する勧誘については、信用金庫名鑑により電話対象者を限定したのであるから、「不特定多数者に対して無差別に」勧誘したことにはならないと考え、また、Cを公金出納取扱者でないと速断し(証人Eの証言によれば、Cの肩書が営業部の部長代理であったから、公金出納取扱者でないと判断したという)、その旨の確認もしなかった(Cが公金出納取扱者であったことは、前記のとおりである)。

Eは、右面会の結果を踏まえて、被告に提出すべき顧客カードに、Cについて、株式の現物取引及び信用取引の経験があり、年収が一〇〇〇万円以上、自宅に居住し、資産状況として土地家屋の不動産、一億一〇〇〇万円位の有価証券及び二〇〇〇万円位の預貯金を保有しているなどと記載したが、いずれも具体的にCに確認したものではなく、推測によるものであった。ちなみに、Cには、前記のとおり株式の現物取引や信用取引の経験はなかったほか、有価証券や預貯金も保有していなかった。

Eは、被告神戸支店の上司に、右報告をしたところ、同じ平成元年一一月二一日、被告神戸支店管理室長Gから本社総括責任者宛に、新規委託者であるCから取引に当たり初回六〇枚より順次一八〇枚までの建玉を認めて欲しいとの要請があったとし、同人が株式の現物取引、信用取引を行っており、投資、投機に対する知識に長け、担当者を呼んで最近の値動き状況と具体的な取引方法の説明を受けたとして、新規委託者受託枚数増枠を求める文書が送付され、同日本社総括責任者より右許可がなされた。

当時の全国商品取引所連合会における受託業務の改善に関する協定書等(平成元年一一月二七日廃止)の新規委託者保護管理規則では、新規に取引を開始した委託者に三ヶ月の保護育成期間を定め、建玉枚数は原則として二〇枚を超えないこととし、委託者から要請があった場合には総括責任者において審査し、過大とならないよう適正な数量の売買取引を行わせることとされており、前記Gが本社総括責任者に対して新規委託者受託枚数増枠を求める文書は、外形上、右規則の趣旨に則った措置であった。

しかし、右文書は、Eと被告神戸支店管理室長Gが事実に基づかないで作成したものであり、右作成時点において、Cは、未だ被告との商品取引委託契約を締結すらしておらず、建玉の枚数等の注文についての理解はおろか、新規委託者の保護育成期間や右期間内の建玉二〇枚の制限についての知識もなく、ましてや受託枚数の増枠を求めたこともなかった。

平成元年一一月二二日、Eは、早朝の外電から大豆の値上がりが予測されるとして、午前九時前頃、Cの勤務先に架電し、取引を勧めた上、三〇〇万円用意できるかと尋ね、Cが応じたことから、とりあえず取引を先行させることとし、午後に、改めて商品取引委託契約を取り交わすことを約した。そこで、被告は、Cのため同日午前九時の前場一節で輸入大豆平成二年九月限を六〇枚、約定値段二七七〇円(総約定金額四一五五万円)で買建した。その後、同日午後、Eは、Cとa信用金庫近くの喫茶店で一時間程度面会し、前日に示したパンフレット類を再度示し、或いは、社用便箋を用いるなどして、先物取引における売買の仕組みや委託追証拠金の制度、両建等の一応の説明をし、Cから、承諾書、通知書、「商品取引委託のしおり」の受領についてと題する書面及び申出書等の必要書類に署名押印をもらい、併せて先の取引の委託本証拠金三〇〇万円の交付を受け、ここにCと被告との商品取引委託契約が成立した。右承諾書には先物取引の危険性を了知した上で売買取引を行うことを承諾する旨が、「商品取引委託のしおり」の受領についてと題する書面には商品取引員から「商品取引委託のしおり」の交付を受けかつその内容の説明を受けた旨が、いずれも不動文字で記載されていた。右申出書には、Cが自筆でEの口述どおり「金融機関に従事しておりますが、取引に参加しますのでよろしくお願いします」と記載した。

Cは、商品先物取引の危険性については抽象的には聞き知っていたが、Eの説明によって先物取引の具体的な仕組みや危険性の内容程度を十分理解できたわけではなく、Eの言うとおり被告に任せていれば儲かるだろう程度の考えしか持っていなかった。なお、CがEに渡した右委託本証拠金三〇〇万円は、国民金融公庫等への虚偽の融資申込により不正に捻出し、業務上横領したものであり、以後Cが被告側に交付乃至送金した金銭も同様であった。

右契約成立後、Eから、その上司である被告神戸支店長代理FがCを引き継ぎ、平成三年三月一日まで、Cの取引を担当した。

平成元年一一月二七日新たに全国商品取引所連合会において「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」や「受託業務に関する協定」が定められ、旧取引所指示事項や受託業務の改善に関する協定書等は廃止となったが、従前の諸規定は各商品取引員の内部規則である受託業務管理規則に取り込まれることとなった。

平成元年一一月二八日、Fは、Cに対して電話し、相場が大きく下落傾向にあり、Eの勧めた最初の取引分についてこのままでは損失が出そうである旨連絡し、その対処のために、損切り・途転(ドテン)・難平(ナンピン)・両建等の取引手法があるとし、それぞれの利害得失等について一応の説明をしたが、いきなり電話で種々の取引手法等を聞かされて、Cは十分理解できないまま、とにかく損失を出したくない旨返答したところ、Fが両建を勧めるなどしたことから、その言うなりに応じた。これを受けて、被告は、Cのため、委託本証拠金の預託を求めないまま、同日後場一節で平成二年九月限及び同年一一月限について各六〇枚、約定値段各二六九〇円(総約定金額八〇七〇万円)の売建をした(これにより、Cからの受託枚数は前記EらがCに無断で得ておいた受託枚数増枠許可による一八〇枚に達した)。なお、右取引についてCが委託証拠金六〇〇万円を被告銀行口座に振り込んだのは、右取引後しばらく経過した平成元年一二月四日であった。ところで、商品取引所の受託契約準則には、委託本証拠金は委託をするとき、遅くとも委託に係る取引が成立した日の翌営業日正午までに預託する旨定められているが、Cの右預託は右準則に明らかに反している。

以後、Cの取引については、殆ど両建という手法がとられたが、いずれもCがFの勧めに応じたもので、Fの主導の下に行われた。

平成元年一一月二二日の第一回取引後、被告からCに対して右取引による輸入大豆買付報告書が郵送された当時、Cは、委託証拠金の意味がまだ十分理解できておらず、右報告書の総約定金額四一五五万円の記載を見て、払い込んだ三〇〇万円との桁違いに気付いて驚いたが、Eの勧誘の態度やC自身いわゆる追い証のないようにしてほしい旨申入れをしていたことなどから、まさか被告外務員が悪いようにするわけはないと考え、特に深く疑うこともせず、ましてや相場の僅かな値下がりでいわゆる追い証が必要になる危険性があるなどとは思い及ばなかった。

当時、Cは、急いで取引を拡大する考えはなく、しばらくは様子を見るつもりであったが、Fは、急速な取引拡大を意図し、平成元年一一月二一日の新規委託者受託枚数増枠を求める文書に追加して、Cには無断で、委託開始当初の三ヶ月の保護育成期間中の建玉制限回避のため、被告神戸支店管理室長Gに依頼し、本社総括責任者宛に、平成元年一二月一五日付で、Cが要望しているとして建玉の取引枠を一八〇枚から三〇〇枚まで拡大したい旨の新規委託者受託枚数増枠を求める文書を提出し、さらに、同月二七日付で、同様Cの要望により取引枠を六〇〇枚まで拡大したい旨の文書を送付し、それぞれその旨の許可を得た上で、Cに電話を入れて、取引を勧誘し、Cは、その言いなりに応じた(別紙取引一覧表の通し番号4乃至8)。

この間、平成元年一二月二二日、Fは、新見市に赴いてCに面会し、相場等について話をしたが、このとき、Cは、ゴルフ会員権を三か所持っており、値上がりしているなどと見栄を張った(実際は、所持しているゴルフ会員権は一か所のみであった)。

平成二年一月二二日、Fは、Cに電話して、一回利食いをしないかと持ちかけ、当時、Cは、格別現金を必要としてはいなかったが、利が出ているのであればと、これに応じた。そこで、被告は、同日後場一節及び三節において、平成元年一二月二八日前場二節で買建していた平成二年九月限五〇枚(約定値段二六四〇円)を三〇枚、二〇枚売落し、この結果、Cに合計五五万円の利益が生じた(手数料差引後の利益は一九万三一四五円)。しかし、右取引については、買いの平均値が売却金額よりも高く、買建玉のうち利の乗ったものを売落して利益を出したものである関係上、他の買建玉との関係では損失が出ていたのであるが、取引に疎いCは、これを知る由もなく、利益を確保したとの程度の認識しか有していなかった。

被告によるCのための取引は、専らFからCの勤務先であるa信用金庫のデスクへの電話連絡により行われ、電話は、取引のある日は一日に三、四回程度、取引のない日は一日に二回程度、Cの執務中に入るのが通常であったが、Cは、先物取引を行っていることは内密にしており、上司や同僚に知られないようにするため、Fとの会話では詳しい長話は避け、Fの相場観に基づく売買のアドバイスを聞いて、Cが手短に応答するのが常であり、Cからは、損を出さないようにしてほしいという要望を述べる程度で、具体的積極的な指示をすることはなく、ほとんどFの意見のとおりに取引が進められていった。電話連絡以外では、Cの希望により、Fから被告社名の入っていない白封筒で、Cの勤務先であるa信用金庫宛に、各取引に応じて売買の内容を示す売買報告書(買付報告書、売付報告書)、売買計算書及び残高照会通知書等が郵送されていた。

委託証拠金についても、当初Cは追い証のないようにしたいと申し出ていたが、Fのいうなりに取引が拡大してゆき、一応利益が出たかのような形となった時期もあったことから、欲が出て、Fの勧めるままに取引を拡大し、これに従い、次々と委託証拠金を送金するようになった。

Cは、取引を拡大しながらも、ほぼFの言うなりになっていたため、取引の手法等については最後まで十分に理解が及ばず、例えば、平成二年二月一九日には、買玉を売落して更に売建するという「ナンピン売り上がり」という手法をとり、平成二年五月一日にも、同様の手法により前場一節で買玉四七四枚(平成二年一一月限月もの一五九枚、平成三年一月限月もの八〇枚、平成三年三月限月もの合計二三五枚)を売落して利食い、前場二節で売玉二〇〇枚(平成二年九月限月もの六〇枚、同年一一月限月もの合計一一〇枚、平成三年一月限月もの三〇枚)を買落して損切りし、更に前場三節で二〇〇枚(平成二年一一月限月もの一〇〇枚、平成三年一月限月もの一〇〇枚)を売建し、後場一節で四五七枚(平成三年一月限月もの一五七枚、同年三月限月もの三〇〇枚)を買建して、一日に一三回もの売買取引をしたが、Cは、「ナンピン売り上がり」の理解すら十分ではなく、ましてや一日の相場の変動に対応して売買玉を建てることなど、到底理解の外であった。

ところで、旧取引所指示事項(廃止後は各商品取引員の内部規則に移行)には、「同一商品、同一限月について、売または買の新規建玉をした後(または同時)に、対応する売買玉を手仕舞せずに両建するよう勧めること」を禁止し、また、「短日時の間における頻繁な建て落ちの受託を行い、または既存玉を手仕舞うと同時に、あるいは明らかに手数料稼ぎを目的とすると思われる新規建玉の受託を行うこと(無意味な反復売買、ころがし)」を禁止する旨の規定があったが、さらに、旧取引所指示事項の廃止後も、それに代わる新取引所指示事項には、「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な売買取引を勧めること」を不適正な売買取引行為として禁止する旨の規定がある。

平成三年三月一日の取引を最後に、FはCの担当を外れ、後任に被告神戸支店営業部副部長Hが当たることになったが、以後も取引の態様に変わりはなく、Fが担当していた当時と同様、HのアドバイスにCがほぼそのまま従う形で進行していった。

この頃には、既にCは相当の損失を出していたが、自ら相場を読むことができるわけもなく、被告の外務員らの言いなりになっていても、ときに利益が出て損失が減少するかに見えるときもあり、今更引き返せないなどの思いなどもあって、ずるずると取引を継続し、次々と横領した金銭を注ぎ込んでいった。

平成三年七月一六日、a信用金庫からCに対し中央支店次長への異動の発令があり、Cは、後任への事務引継ぎの過程で、早晩自己の不正行為(代理業務の代理貸付受託業務資金の横領及び浮貸し等)が明るみに出、横領した金銭を先物取引に流用していることも発覚するであろう情勢となったため、その頃、Hに対し取引について全部手仕舞をしたい旨伝えた。ところが、Hは、取引所の規約で一遍に手仕舞することはできないことになっているなどと言い(現実にはそのような規約はない)、何とか利益を出せるようにするから、続けてはどうか、手仕舞するにしても徐々にしてはどうかなどと返答したため、Cも、そんなものかと一応納得して、徐々に手仕舞し、できるだけ損失を縮小することに一縷の望みを託した。しかし、損失はその後更に拡大した。

Cは、被告に対し、平成三年七月一六日一五六七万五〇〇〇円を送金したが、その後、同年八月二一日の一六〇万円が、被告に対する最後の送金となった。

平成三年八月二〇日頃、被告神戸支店営業部長Iは、Cに対し、委託証拠金の預かり額が一億円を超えるようになったとして、資金面での目処等を問い合わせたところ、Cは株式売却代金が一億余りあるなどと、偽りの返答をした。

平成三年九月初め頃には、a信用金庫は、Cによる浮貸しや業務上横領のほか、先物取引の疑いのあることを把握し、Cの上司で常務であるDは、Cを伴い、同月六日頃被告神戸支店を訪れ、その頃Cの担当となった営業部長Iと話し合い、Cの業務上横領の事実は伏せ、Cの取引の実態や損失額等を聞きとり、取引の縮小を求めたが、損失もできるだけ少なくしたいとの観点から仕切りの時期を探ることになり、以後の取引内容の報告を自己宛にもするよう申し入れて、一旦引き揚げた。

平成三年九月一七日、a信用金庫の理事会において、Cの不正行為について報告が行われ、その後、内部検査により、これが明白となったことから、同信用金庫は、同月三〇日Cを本店管理部付とした。

この間も、本件先物取引は継続されていたが、取引内容については、被告からD常務に報告がなされ、a信用金庫側では対応を模索していた。なお、D常務が乗り出してからの取引内容は、別紙「取引一覧表」の通し番号141乃至156のとおりであるが、新たな建玉は二回のみで、残りは仕切りであった。

平成三年一二月九日、a信用金庫のD常務らは、Iに対し、Cが同信用金庫の金銭を業務上横領し、それを本件先物取引に注ぎ込んでいた旨告げ、右取引すべての清算を申し入れた。これを聞いて、被告は、翌一〇日後場一節において、Cの全玉を手仕舞した。

本件先物取引は、別紙「取引一覧表」及び「入出金一覧表」のとおり、平成元年一一月二二日から平成三年一二月一〇日までの間、通算六三日、延べ一五六回、売買玉(建玉及び仕切玉)各七三五六枚に及び、被告の受入金額は一億五九〇三万八三九五円、取引損金額は一億二三八二万八四八〇円、被告が得た委託手数料額は五二八二万六四〇〇円に達した。

なお、本件先物取引において、被告はいわゆる向い玉(委託の売買注文に対応して商品取引員が建てる自己玉)を多用しているが、別紙「取引一覧表」から見て、Cの「売り」七三五六枚に対する被告の向い玉の「買い」は五四八九枚(向い玉比率七四・六二パーセント)、Cの「買い」七三五六枚に対する被告の向い玉の「売り」は五八〇九枚(向い玉比率七八・九七パーセント)であるのに、反対に、被告の売買玉のうちCの売買の方向と一致するのは、「売り」が一二七枚、「買い」が一一六枚に過ぎず、延べ八六場節中、各場節の出来高に対する被告の向い玉の割合のうち、五〇パーセント以上であるものが二六場節あり、三〇パーセント以上であるものが四三場節ある。

ところで、全国商品取引所連合会の自己玉自主規制では「自己建玉の限度は、当該限月ごとの総建玉の一〇パーセントまたは一〇〇枚以内とする」旨定められているが、被告の前記向い玉には、右自主規制に反するものはない。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

②  違法行為

a 公金出納取扱者に対する勧誘

前記①認定事実によれば、被告の新規委託勧誘担当の外務員Eは、全国信用金庫名鑑に掲載されていたCが信用金庫の公金出納取扱者であったにもかかわらず、そうではないと速断し、旧取引所指示事項の原則的禁止条項に反し、例外の場合の措置をとることなく(なお、EはCから「金融機関に従事しておりますが、取引に参加しますのでよろしくお願いします」と記載した申出書を徴収しているが、右は公金出納取扱者であることを前提とした例外措置としての本人の取引理由を明記した申出書とは明らかに異なっている。もちろん、総括責任者による正当な理由の有無の認定もなされなかった)、先物取引の委託を勧誘したことは明らかである。この点について、E証言は、Cの肩書が営業部の部長代理であったから、公金出納取扱者でないと判断したというが、全国信用金庫名鑑に掲載されている信用金庫の幹部職員である以上、公金取扱に関与しているのではないかとまず疑い、その点の確認をしてみるのが筋であり、営業部所属というだけでそうでないと判断したとのE証言には些か腑に落ちないところがある。

公金出納取扱者に対する勧誘を原則禁止とした旧取引所指示事項の趣旨は、先物取引の投機性や危険性等に鑑み、委託者が公金出納取扱者である場合の万一の不祥事(先物取引が公金横領犯罪の動機となり、公金が犯人を通して取引会社に流れ込む事態等)により、甚大な公的損失が発生することを懸念し、これを未然に防止し監視しようとする業界の自主規制の精神をあらわすものと解されるところ、その趣旨からして、公金出納取扱者であるかどうかの確認は慎重に行うことが要請されているものというべきである。

したがって、仮にE証言を信用するにしても、疑うべきことを疑わず、また、一言確認すれば容易に確認できる重要な事項を確認せず、その結果、これが端緒となって、まさに旧取引所指示事項が懸念した甚大な公的損失が、そのまま本件において現実化したのであるから、EのCに対する勧誘は、旧取引所指示事項上重大な落度があり、同時に顧客に対する配慮を欠いていたといわざるをえないものである。

b 顧客カード不実記載

前記①認定のとおり、Eは、Cとの商品取引委託契約の当初、Cについて

顧客カードに、事実確認をしないで、推測により、Cに株式の現物取引及び信用取引等の経験があり、一億一〇〇〇万円位の有価証券及び二〇〇〇万円位の預貯金を保有しているなど、事実に反する記載をしたことが認められるところ、右のような行為は、新規委託者の先物取引適格性の判定を誤らせる原因となり、新規委託者の保護に欠けるものであることは明らかであり、外務員として顧客の利益を顧ない行為というべきである。

c 建玉制限回避

前記①認定のとおり、E及び被告神戸支店管理室長Gは、Cとの商品取引委託契約の成立の前日に、新規委託者のCについて、Cが建玉の枚数等の注文についての理解はおろか、新規委託者の保護育成期間や建玉制限等の知識もなく、受託枚数の増枠など考えも及ばない時点において、Cが建玉制限二〇枚を超えて六〇枚から一八〇枚までの建玉を認めてほしいと要請したなどとありもしない事実を記載した内部文書を作成し、本社総括責任者から受託枚数の増枠の許可を得たほか、EからCを引き継いだFも、G室長とともに、平成元年一二月一五日及び同月二七日の二回にわたり、Cに勝手に、その事実がないのに、Cが受託枚数の増枠を求めているとの文書を作成して、本社総括責任者から最終的に六〇〇枚までの増枠の許可を得た上で、現に、Fは右受託枚数の増枠許可を背景に、Cに巧みに取引を勧め、本来ならば新規委託者の保護育成期間であるべき平成二年二月二二日までの間に枚数六九五の建玉を行わせた(この間、枚数一五〇を仕切っている)が、右のような行為は、意図的に、新規委託者の意思をも無視して、取引開始後いきなり新規委託者を大量取引に誘い込もうとするものであり、新規委託者の保護を目的とした新規委託者保護管理規則の精神に反すること甚だしく、明らかに顧客であるCの利益を顧ない行為というほかない。

d 委託証拠金の事後徴収

前記①認定のとおり、Eは、Cとの商品取引委託契約の正規の締結の前に、委託証拠金の入金もないまま、Cのため六〇枚の売り建てをして取引を先行させ、Fも平成元年一一月二八日の取引にかかる委託証拠金について、後日である同年一二月四日にCから送金させているが、商品取引所の受託契約準則には、委託本証拠金は委託をするとき、遅くとも委託に係る取引が成立した日の翌営業日正午までに預託する旨定められ、Fが送金させた分については、右準則に明らかに反しており、いずれにしても、これらE、Fの行為は、前記b、c説示の事情に照らすと、Cをできるだけ早く取引に誘引しようとする被告側の意図の存在を推認させるものである。

e 両建、反復取引等

前記①認定のとおり、平成元年一一月二八日、Fは、Cに対して電話で、Eが上昇するとの触れ込みで買建させた相場が大きく下落する傾向にあり、損失が出そうだと電話し、対処方法として損切り、ドテン、ナンピン、両建等の取引手法がある旨を告げ、両建を勧めたところ、当時、Cとしては商品取引委託契約の当日に両建等について一応の説明を受けたばかりであり、電話でいきなり各種取引手法を示されても十分理解できず、損を出したくないと返答したのみで、Fの言うなりに応じているが、取引開始早々、先物取引の未経験者が電話でこのような決断をいきなり求められても、満足な判断をできるわけがないことは容易に推測のつくところであり、Fは、未だ理解の乏しいCを、敢えて多額の財産的損失を被る危険のある取引に誘い込んだものというべきであり、顧客の利益を顧ない態度というほかない。

ところで、両建は、同時に売りと買いを手仕舞する場合には委託手数料を倍額支払うだけにすぎず、売りと買いを別々に行って利益を出そうとすれば、市場の動向に絶えず注意して時期を逸しないで売り又は買いをする必要があるが、このような判断は取引に通暁した相当の経験者のみのなし得るものであることは見やすい道理であり、このような問題点を指摘しないまま、理解の十分でない取引未経験者に敢えて両建を勧めることは、目前の損失の現実化を回避して損得勘定の感覚を鈍らせ、取引にのめり込ませ、委託手数料のみならず差損金を累積させる危険に陥らせることでしかない。

前記①認定のとおり、Cは、Fのほぼ言うとおりに取引の建玉の殆どを両建としているが、これに伴い、別紙「取引一覧表」のとおり、被告の方は委託手数料を着実に得ている反面、Cの方は取引開始後一年内から損金が累積してゆく実態からして、本件先物取引における両建は、取引未経験者を先物取引の危険性に陥らせた典型的な例とみるべきものである。

また、前記①認定の平成二年一月二二日の利食いにしても、Cは利食いのからくりとその損得勘定について全く理解していなかったものであるが、Cにとって何ら必要もないのにFの方から敢えて微々たる利食いを勧めていることや前記説示のごときそれまでの経緯からして、右利食いの勧誘は、Cに対して利益が出ている旨の誤解を与え、その歓心を買うと同時に、その損得勘定を混乱させる意図の下になされた疑いが濃く、顧客を蔑ろにするものである。

さらに、前記①認定の平成二年二月一九日及び同年五月一日のいわゆるナンピン売り上がりについても、Cのような初心者の手には及ばないいわゆる熟達した経験者の手法であり、Cの理解の及ばないところであったが、Cが言いなりになっていたことからして、Fにそれがわからなかったとは認めがたく、右各取引は、旧取引所指示事項(廃止後の内部規則)の「短日時の間における頻繁な建て落ちの受託を行い、または既存玉を手仕舞うと同時に、あるいは明らかに手数料稼ぎを目的とすると思われる新規建玉の受託を行うこと(無意味な反復売買、ころがし)」を禁止する旨の規定や、新取引所指示事項の「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な売買取引を勧めること」を不適正な売買取引行為として禁止する旨の規定に触れるものというべきであり、委託者の利益を顧ないものというほかない。

以上に加え、前記①認定の本件先物取引におけるCの取引回数及び被告の得た委託手数料額を考慮するならば、取引を通じて繰り返された両建及び反復取引等は顧客であるCの無知無理解をよいことにその利益を蔑ろにした行為というべきである。

f 向い玉の利益相反性等

いわゆる向い玉は、委託の売買注文に対応して商品取引員が建てる自己玉のことをいうが、商品取引所法九四条は、商品取引員がしてはならない行為として、四号に「商品市場における取引又はその委託に関する行為であって、委託者の保護に欠け、又は取引の公正を害するものとして主務省令で定めるもの」と定め、これを受けて、右主務省令である同法施行規則三三条は、二号に「もっぱら投機的利益の追求を目的として、受託に係る取引と対当させて、過大な数量の取引をすること」を掲げているところ、右規定の趣旨は、商品取引員自身が取引を行うことを前提としてその過大化を規制する趣旨と解され、自己玉自体を規制するものではなく、現に、業界の自己玉自主規制では「自己建玉の限度は、当該限月ごとの総建玉の一〇パーセントまたは一〇〇枚以内とする」旨定められているから、商品取引員が業界規制の枠内で向い玉を建てたからといって、これを直ちに違法不当となし得る性質のものではない。しかし、商品取引員が、委託者の取引に対当させて取引を行い、相場を支配し、委託者を操縦し、委託者の損失において利益を得るなどした場合には、利益相反行為として、その向い玉は違法性を帯びるものというべきである。

ところで、前記①認定のとおり、本件先物取引における向い玉については、Cの「売り」七三五六枚に対する被告の向い玉の「買い」は五四八九枚(向い玉比率七四・六二パーセント)、Cの「買い」七三五六枚に対する被告の向い玉の「売り」は五八〇九枚(向い玉比率七八・九七パーセント)であるのに、反対に、被告の売買玉のうちCの売買の方向と一致するのは、「売り」が一二七枚、「買い」が一一六枚に過ぎず、延べ八六場節中、各場節の出来高に対する被告の向い玉の割合のうち、五〇パーセント以上であるものが二六場節あり、三〇パーセント以上であるものが四三場節あったものであるが、右被告の向い玉の比率、Cと被告の売買玉の極端な逆方向の度合い、被告の神戸穀物商品取引所におけるシェアの大きさ(四、五割)に加えて、Cが被告の外務員らのほぼ言いなりに取引をしていながら、取引を重ねるごとに損失を拡大させていることをあわせ鑑みると、被告は、Cに対して向い玉を建てるについて、相場の動向に影響を及ぼし得る立場を利用して、相対的にCの損失において利益を得ていたものと推認でき、被告の向い玉はCの利益に相反していたものというべきである。なお、被告が「自己建玉の限度は、当該限月ごとの総建玉の一〇パーセントまたは一〇〇枚以内とする」旨の業界自主規制にしたがって向い玉を建てていたことは、前記①認定のとおりであるが、だからといって、その範囲内なら何をやってもよいというものではない。

g 手仕舞の延引

前記①認定のとおり、平成三年七月一六日頃、人事異動により業務上横領等の発覚が予想される状況に陥ったCが取引全部の手仕舞を求めたのに対し、Hは、取引所の規約で一遍に手仕舞することはできないことになっているなどと虚実取り混ぜて説得し、これを信じたCに全部の手仕舞を諦めさせ、その後の損失拡大を招いているが、これも明らかに顧客の意思を無視し、蔑ろにする行為というほかない。

h まとめ

以上のような公金出納取扱者に対する勧誘、顧客カード不実記載、建玉制限回避、委託証拠金の事後徴収、両建、反復取引等、向い玉の利益相反性等、手仕舞の延引等を総合考慮すると、被告及びその外務員らは、取引に疎い委託者であるCの無知無理解をよいことに、委託の趣旨に反してその利益を顧ないで蔑ろにし、その損失において被告の利益を計ったものというべきであり、右勧誘から手仕舞までの一連の行為は一体として違法性を帯び、不法行為を構成するものと認めるのが相当である。

③  損害額

請求原因4②bのうち、本件先物取引により、Cに一億二三八二万八四八〇円の取引損金が生じたことは、当事者間に争いがない。

右事実によれば、前項の一連の不法行為によりCの被った損害は右同額を下らないものと認められる。

④  無資力

乙第三四、第三五号証及び証人Cの証言並びに弁論の全趣旨によれば、Cは無資力であることが認められる。

3  免責又は損害額の減額事由等

①  対a信用金庫

被告は、抗弁前段のとおり主張するが、Cの故意の犯罪という不法行為によりa信用金庫が被った損害について、免責又は損害額を減額すべき程度に達するような落ち度が同信用金庫側に存在することを首肯させるような事実を認めるに足りる証拠はなく、信義則違反をうかがわせるような事情を認めるに足りる証拠もない。

なお、Cの業務上横領については、世上a信用金庫の管理体制の甘さが取り沙汰され、刑事判決においてもその点の指摘がなされたやにもうかがわれるが、いずれもそれぞれの立場からの社会的道義的情状的な修辞であるにすぎず、民事損害賠償法上の免責及び損害額の減額等を視点においた議論とは別次元のものであり、そのような修辞がなされたからといって、前記結論が左右されるものではない。犯罪は、被害者側に落ち度があろうとなかろうと犯してはならないものであり、業務上横領の犯人が、被害者側の管理体制の甘さを理由に、収奪した金銭について損害賠償の全部乃至一部を免れ、その分利得することを許容することなど、到底法の容認するところではない。

また、被告は、a信用金庫がCの業務上横領を知った後も直ちに取引の中止を求めないで損失を拡大するままに放置したと主張するが、前記2①認定のとおり、右発覚(平成三年九月初め頃)後はCから被告への送金はなされておらず、その後は同信用金庫側では実態の詳細な把握に努め、同時に損失をできるだけ少なくしたいとの観点から対応を模索していたものであるから、これをもって直ちに落ち度ということはできない上に、Cが取引全部の手仕舞を申し出たのにこれを不当に延引させたのは被告の外務員であり、これによって取引の損失を拡大させたのも被告であったことからすると、右主張は明らかに理由がない。

②  対C

前記2①認定事実によれば、Cは、信用金庫の職員として、先物取引の一般的な危険性については認識していながら、「浮貸し」等の自己の不正行為を隠蔽する意図の下に、安易に先物取引に手を出し、被告外務員らの相場判断に言いなりに引きずられ、約二年間にわたり、業務上不正に金銭を引き出し、これを他人のものとの気安さからか、いわば湯水のごとく本件先物取引に注ぎ込み、損金を累積させたものであることは明らかであるから、本件先物取引による損害について、Cにも大きな落度がある。

したがって、右Cの側の諸事情に併せて、前記2②説示の被告の不法行為の内容程度等を総合勘案するに、本件先物取引におけるCの損害のうち、その半額についてはC自身が責めを負うべきものとして、Cの被告に対する不法行為による損害賠償債権から減額すべきものである。

五  承継

請求原因5のうち、原告が平成七年一〇月一六日a信用金庫を合併したことは、当事者間に争いがない。

したがって、原告は、a信用金庫のCに対する損害賠償債権を承継した。

六  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、債権者代位権に基づくCの損害額からCに帰責すべき半額を控除した残額に当たる六一九一万四二四〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年三月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言の申立について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 白井俊美 裁判官藤原道子は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 矢延正平)

<以下省略>

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